精神病にかかるということ①

こんにちは。コマトです。

 

今日は「精神病にかかるということ」というテーマでお話したいと思います。

このテーマはポジティブな要素とネガティブな要素を含むため複数回に分ける予定です。

今回はポジティブ要素として視るという観点で①のお話をしたいと思います。

※あくまでいち精神病患者の主観であることを前提にお話をします。

 

早速ですが、結論から言うと精神病にかかるということは「何も恥ずかしい事ではない」ということです。

 

どういうことかお話していきます。

 

私自身21歳で精神科を初受診したのですが、最初に感じたことは以下のようなことでした。

 

  • 自分の周りで自分以外の人は誰も精神科に通っていないのに、自分だけ通うことになって恥ずかしい
  • 経済的に自立できておらず、仕事や勉強の手が止まるので親や家族に迷惑をかけて申し訳ない
  • どうにかこの事態から脱却しなければならない

 

このようなものでした。

前述した中で、一番最初に記述した「自分の周りで自分以外の人は誰も精神科に通っていないのに」 という点が自分のこころを非常に縛り付けていました。

皆に私が精神科を受診していることが知れたら、噂されてしまうのではないかと考える年頃でもありましたしね。

 

あとは風のうわさで聞いた「精神科に通うと世間から冷ややかな目で見られる」

という俗説も相まって早くどうにか打開したいという気持ちが強まっていました。

 

早いものでその日から複数年が経ち、現在でも精神科にはお世話になっていますが、

精神科に通っているからという点で冷ややかな対応を直接的にされたことはほとんどありません

 

「精神科に通ってるんだ?メンタル弱いな」

「あの人精神科に通ってるから関わらないでおこう・・・」

正直このような言葉をかけられるのかなと勝手に構えていたのですが、

近しい言葉すらも言われたことが一切ないです。

 

ただ、間接的な関わりのお話はあるかもしれません。

それは私の病状に関する「いやがらせをされている」と感じてしまう部分にも

関わってくる要素なので今回は割愛します。

このことについてはネガティブな要素を含む回でいずれお話できればと思います。

 

お話をまとめると、精神科にかかることは大抵の面で恥ずかしがる必要はないですし、隠す必要もないと思います。

仮に受診することを隠していても、近しい人や親しい人が心配して気づいてくれるケースもあるでしょう。

そしてあなたの病状が著しく芳しくなくとも、人間の根っこの部分にあるものが

腐ってさえいなければ誰か支えてくれる人はいるはずです。

 

その誰かをが困っているときに支えてあげられるように、生きていけることが今の私にとっては素晴らしい事だと考えています。

そのためにも私は頑張りすぎない程度に今日も薬を飲みながらのほほんと暮らしています。

 

今回は以上になります。

お読みいただきありがとうございました。

 

 

はじめまして

はじめまして。

コマトと申します。

 

この度はてなブログさんでブログをはじめてみようと思い立ち、

記事をぽつりぽつりとマイペースに投稿していく予定です。

 

自己紹介をさせていただきます。

私は音楽とガジェットが好きな30代男性で、休日はデスクに設置しているブックシェルフスピーカーで音楽を聴いたり、ギターを嗜んだり、豆から挽いた珈琲を飲んだり、WEBブラウジングなどをして過ごしています。

 

そんな何気ない日常と並行して私には精神病の疾患があります。

 

21歳に境界性パーソナリティー障害と診断され、その後28歳で双極性感情障害として再診断。

現在は統合失調感情障害と診断され、投薬治療を受けつつ対処療法など駆使しながら、平穏な日常生活を送るべく奮闘しております。

 

そんな私の何気ない日常から闘病までの記録を深堀りしない程度の範囲で残していければと思いますので、

よろしくお願いいたします。